2016/05/01

卯月晦日。


歩くのが苦じゃないタチの大阪から来た 奈良出身の人を案内して、春日野道から二宮筋まで夕暮れの変哲もない道を歩く。







特になにがあるというわけでもない道すがら、気になるものがあれば撮る。




しばらく川を眺めていたりする。それを眺めていたりする。





オススメの壁。「変電所みたいですね」「そうなんかなあ。あーそうですね」 






二宮商店街のアーケードはいい感じに傷んでいる。このままで。もうちょっとこのままで。

2016/04/16

White Lilac





大きな揺れが続く。
ただただ不安に駆られていた「あの朝」を思い出して現地の人たちを想うけれど、
まだ、当時の自分には未来への不安や諦めは今よりも少なかった。
若さは強さ。邪気のない純潔さもあった。

新川さん、大丈夫かな。

2016/03/23

春という季節。桜の少し手前。



死にかけてたひとが少し元気そうになっていて、よかった。
まだまだ大丈夫なんだろうなとなんとなく思っていたひとが、あっけなく亡くなっていたことを知る。
少し笑いさえ混じえながら淡々とした最期を語るもっとも親しかったひとの
その落ち着いた様子にもまた少し安心する。

とても悲しい夢をみてやるせなくて声を荒げている途中で眼がさめる。
たぶん寝言じみた大きな声も出してたのだろう。
思春期の昔からいつも、どうにもならない思慕や想いは悲しい夢をみて
現実に立ち還ってみれば本当にどうにもならないということに気がついて鎮まっていくのが常だ。
こんどもまたそうなのかと思いながら、心の流れ動いていくのにまかせてみる。
寂しいなあとは思うけれども。
山中で手折ってきたコブシの枝は、数日で花を開かせてはすぐにもう散ってしまった。
そもそもはじめからそれを目にすることもなければ手折ることもなかったのに。
永遠に続く喜びはなくて、関わりが増えるほど悲しいことや煩わしいことも増えてしまう。
最近あんまり笑ってないなあ。

2016/03/10

brand new day

新しい日々のはじまりに、まずヤカンを磨いた。
タバコはやめていない。窓の下でしか喫ってないけれど。






2016/02/18

wandering



ようやく見つけたと思った安息の場も、扉は固く閉ざされて再び開くことはないようだ。
もうすでに自分は、そこに居られるようなひとではないのだと知らされた日。
心を安らかに置くことができる場所を求めて、また人の間を彷徨うことになるのか。