2017/01/28
2017/01/19
厄年の人
正月が過ぎれば近所の商店街やら辻々に「厄除祭」というポスターと幟がやたら目についていて、
近くの企業に大阪から商談に来た帰りにウチにも立ち寄ってくれた男が今年数え歳で厄年だというので、
晩メシでも食べようかーのついでに、ちょうどいいやと連れ立って近所の八幡神社へ行ってみた。
自分の厄年がどんなだったかまるで覚えてないし、このところはとりあえず毎年が厄年みたいな感じなのだけれど、
たぶん信心深い(というか、迷信だろうが寺社のプロモーション的行事だろうが、慣習には積極的な)母親から
「厄払いに行っとけ」とか言われても、「地震で亡くなった人々のうち厄年でない人はどのくらいの割合でいたのか」などと
憎まれ口を叩いて厄払いにも行かなかった自分が、今年は年明けから、近場の寺や神社ばっかりに参じている。
近くの企業に大阪から商談に来た帰りにウチにも立ち寄ってくれた男が今年数え歳で厄年だというので、
晩メシでも食べようかーのついでに、ちょうどいいやと連れ立って近所の八幡神社へ行ってみた。
自分の厄年がどんなだったかまるで覚えてないし、このところはとりあえず毎年が厄年みたいな感じなのだけれど、
たぶん信心深い(というか、迷信だろうが寺社のプロモーション的行事だろうが、慣習には積極的な)母親から
「厄払いに行っとけ」とか言われても、「地震で亡くなった人々のうち厄年でない人はどのくらいの割合でいたのか」などと
憎まれ口を叩いて厄払いにも行かなかった自分が、今年は年明けから、近場の寺や神社ばっかりに参じている。
2017/01/08
雨の須磨寺
三が日も過ぎて、冷たい雨の降る日。
ひと気のない須磨寺へ。
門前の愛染不動明王社
阪神大震災の犠牲者を悼むお地蔵さん。
山門をくぐってすぐ右手奥に鎮座する千手観音像。
義経腰掛松。
背後にはすぐ山の木々が迫り鳥の啼き声が響く。
地蔵も濡れる。石碑も濡れる。冷たい雨の中。
読経の声聞きながら、鐘をひとつ衝いて寺を後にす。
屋根も濡れる。地蔵も濡れる。寺前の商店街の山茶花も。
カーブの途中にある山陽電車須磨寺駅は、電車がホームへ入線する姿もなかなかの風情。
ぜんざいを食べようかと思いながら結局、鳥なん蕎麦を食べて、「大師餅」を買って帰る。蕎麦屋のおばさんに「今日静かですねー」と言うと、おばさん酒灼けの声で「雨やしこんなもんやねー。まあお大師さんの日ぃーはえらいことなるけどな」だそうな。
えらいことになる初大師は1月20日と21日。
2017/01/02
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