2016/05/14

100年生きている工場。

「工場萌え」ではないし、ただただ廃屋や古いものが好きなわけでもない。
生きていて使われていて働いているからいいんです。
工作機械も道具も、工場の建屋そのものにも、それが存在する理由があってそういう形になっている。
機能美であったり使い込まれて変形したり汚れたりした働いてきた歴史が美しい。
人物スナップや美術作品を撮るのと同じく、場所や物についてもいつも美しいと思う部分や形、
対象物が輝いて見える光や空気をさがしていて、自分なりにここだこれだと思う絵が
それがいちばん魅力的だと思えるような絵になっていれば嬉しいし、
その美しさが多くの人にも伝わって、
そのものその人その場所が魅力的だと思ってもらえればさらに喜ばしい。





























株式会社 サッパボイラ

2016/05/01

卯月晦日。


歩くのが苦じゃないタチの大阪から来た 奈良出身の人を案内して、春日野道から二宮筋まで夕暮れの変哲もない道を歩く。







特になにがあるというわけでもない道すがら、気になるものがあれば撮る。




しばらく川を眺めていたりする。それを眺めていたりする。





オススメの壁。「変電所みたいですね」「そうなんかなあ。あーそうですね」 






二宮商店街のアーケードはいい感じに傷んでいる。このままで。もうちょっとこのままで。

2016/04/16

White Lilac





大きな揺れが続く。
ただただ不安に駆られていた「あの朝」を思い出して現地の人たちを想うけれど、
まだ、当時の自分には未来への不安や諦めは今よりも少なかった。
若さは強さ。邪気のない純潔さもあった。

新川さん、大丈夫かな。

2016/03/23

春という季節。桜の少し手前。



死にかけてたひとが少し元気そうになっていて、よかった。
まだまだ大丈夫なんだろうなとなんとなく思っていたひとが、あっけなく亡くなっていたことを知る。
少し笑いさえ混じえながら淡々とした最期を語るもっとも親しかったひとの
その落ち着いた様子にもまた少し安心する。

とても悲しい夢をみてやるせなくて声を荒げている途中で眼がさめる。
たぶん寝言じみた大きな声も出してたのだろう。
思春期の昔からいつも、どうにもならない思慕や想いは悲しい夢をみて
現実に立ち還ってみれば本当にどうにもならないということに気がついて鎮まっていくのが常だ。
こんどもまたそうなのかと思いながら、心の流れ動いていくのにまかせてみる。
寂しいなあとは思うけれども。
山中で手折ってきたコブシの枝は、数日で花を開かせてはすぐにもう散ってしまった。
そもそもはじめからそれを目にすることもなければ手折ることもなかったのに。
永遠に続く喜びはなくて、関わりが増えるほど悲しいことや煩わしいことも増えてしまう。
最近あんまり笑ってないなあ。

2016/03/10

brand new day

新しい日々のはじまりに、まずヤカンを磨いた。
タバコはやめていない。窓の下でしか喫ってないけれど。